【翻訳】AIを用いるプロダクトのMVPとは?(Thomas H. Davenport and Rudina Seseri, sloanreview.mit.edu., 2020)

sloanreview.mit.edu

AIのパイロット版を成功させるには、標準的なITプロジェクトの基本的な要件を超える必要がある。

Steve Blank氏とEric Ries氏によって広められたリーンスタートアップアプローチの重要な特性の1つは、大規模なプロダクト開発費をかけずに顧客や投資家の注目を集めるMVP(minimum viable product)を開発・改良していくことです。技術者のFrank Robinsonが最初に定義したMVPは、すべての顧客ニーズを満たすわけではないが、高い関心を持つ顧客がスタートアップするのに十分な機能を提供するものです。これは、技術プロダクト開発において確立されたパラダイムです。

しかし、人工知能にとってMVPという概念はどのような意味を持つのでしょうか。これは、スタートアップだけでなく、大企業にも関係する問いです。多くの企業が、ビジネスのさまざまな分野でAIのパイロット版を開発し、AIの潜在的な価値を実証して、最終的には本格的な展開につなげたいと考えています。大企業のMVPは、パイロットやアイデア実証と多くの類似点があります。

AIを追求する企業にとって、何が成功するMVPを構成するのかを理解することは重要です。私たち2人が関わっているグラスウィング・ベンチャーズのように、主にAI企業に投資するベンチャーキャピタルにとっても、AIのMVPとそれを改善するために必要なことを理解することは、同様に重要なことです。グラスウィングのポートフォリオ企業数社と私たちが調査した他の企業に基づいて、必要な属性のいくつかは、ITプロダクト一般に当てはまるものです。つまり、初期段階でも役に立つこと、プロダクトを改善するために顧客の初期の使用を監視できること、比較的迅速かつ安価に開発できること―これらを考慮に入れると、AIプロダクトのプロット版には、MVPにふさわしいものにするという点で、いくつかの独自の要件があると、私たちは考えています。

データとMVP

機械学習はAIの一般的な基礎技術であり、膨大な量のデータによって改善されていくものです。ビジネスで最も一般的な「教師あり学習」では、ラベル付けされた結果を持つデータを必要とします。したがって、データはAIプロダクトにとっておそらく最も重要なリソースであり、MVPの段階であっても必要です。データがなければ、学習された機械学習アルゴリズムも存在しません。

その点、AI MVPを作ろうとする人は、次のような質問に答えられるようになるべきです。そして、投資家や企業のスポンサーも、このような質問をするはずです。

  • 主要なモデルは、学習のためにどのようなデータ資産に依存しているか?
  • ある程度効果的なモデルを学習させるのに十分なデータを既に持っているか?(なぜ「ある程度効果的」で十分なのかについては後述)。
  • モデルの学習に使用するデータはどの程度専有できているか?
  • レーニングに使えるようになるまでに、データ統合、クリーニング、その他の作業をどの程度行う必要があるか?
  • 今後、モデルを改善するための追加データが入手可能になることを想定しているか?

機械学習アルゴリズムやモデルそのものは、ある程度コモディティ化されてきています。自動機械学習ソフトウェアのプロバイダーであるDataRobotは、10億以上のモデルを作成したと宣伝しています(もちろん、そのすべてが使用されているわけではありませんが)。しかし、データは依然として困難な資源です。データを洗浄し、統合し、使用可能な形式に変換するには、膨大な労力を必要とすることがあります。また、初期の最小限のAIプロダクトが使用するデータソースが、例えばラベル付き画像のImageNetデータベースなど、広く利用可能である場合、競争上の優位性はあまり期待できなくなります。

貴重な独自データの例として、グラスウィングのポートフォリオに含まれるスタートアップ、Armored Thingsが使用する情報があります。Armored Thingsの顧客は、物理的なセキュリティだけでなく、設備や運営管理の改善を目指す主要なイベント会場やキャンパスです。同社のAIは、既存のビデオ、Wi-Fi、スマートドアロック、その他のセンサーからのデータを「空間知能層」に結合し、リアルタイムの群衆知能プラットフォームを構築しています。このユニークなデータセットは、人々が物理的な空間をどのように使用し移動するかを可視化するのに不可欠であり、この若い会社のサービスをMVPに押し上げるのに役立ちました。

プロサッカーチームのロサンゼルス・フットボール・クラブは、Armored Thingsを使用して、ファンの流れをリアルタイムで把握し、プロスポーツの最もハイテクな環境の1つである同クラブの2万2000席の会場で、観客密度、衛生、セキュリティに関するよりスマートな意思決定を行っています。COVID-19による混乱の後、ファンがスポーツイベントに戻り始めているため、このようなテクノロジーは非常に重要です。迅速なデータ分析とアクションは、信頼を築き、安全なファン体験を最適化するために不可欠です。

データとアルゴリズムを超えたインテリジェンス

機械学習、特にディープラーニングは、クリーンで独自のデータと組み合わせた場合でも、効果的なAIを作るには十分でないことが多くあります。知覚タスク(音声、視覚)、制御(ロボット工学)、予測(顧客需要計画)を含む問題に対する機械学習ソリューションは、扱いやすさと複雑さが大きく異なります。

初期のAIプロダクトは、最低限の実行可能性を達成するために、以下の4つの分野に焦点を当てる必要があるかもしれません。

1. AI MVPには複雑なハイブリッドモデルが必要な場合がある

人間の対話のモデリングのような課題は、利用可能な情報量が限られているため、疎データが問題となり、総当りアプローチでは解決できない可能性があります。このような場合、MVPを目指すなら、ディープラーニングと先験的な知識モデリングやルールベースの論理的推論を組み合わせたハイブリッドソリューションの使用を検討する方がより現実的かもしれません。このようなAIソリューションは、ディープラーニングよりも複雑ではなく、必要なデータ量も少なく、透明性も高くなります。このようなハイブリッド・アルゴリズムは、既製品ではほとんど入手できないため、創業者は、必要とされる関連する探索的研究の意味を考慮することが重要です。

例えば、Cogitoは人工知能を使ってコールセンターの会話を改善するために、エージェントの会話における約200の言語および非言語行動の合図を解釈します。声の大きさ、強さ、一貫性、ピッチ、トーン、ペース、緊張、努力などが含まれます。このツールは、リアルタイムでシグナルを送信し、より自信に満ちた、より共感的な話し方ができるよう、人間の作業員に指導することで、より高いレベルの仕事ができるようにします。コギトのCEOであるジョシュア・フィーストが言うように、このソフトウェアは「人々が会話においてより魅力的になるのを助け」、ネットプロモータースコアの向上(ある調査によると28%向上)、平均通話時間の短縮、顧客が電話を管理者にエスカレーションさせるケースの減少につながっているのです。機械学習による自然言語処理とソーシャルシグナルの検出のハイブリッドにより、どちらか一方の技術だけよりも大幅に優れたレコメンデーションを実現します。

2.AI MVPのパイロット版は、統合可能性を示す必要がある

ほとんどの組織は、個別のAIアプリケーションを使用を忌避するため、新しいソリューションは、通常アプリケーション・プログラミング・インターフェース(API)を介して、既存の記録システムとの容易な統合を可能にする必要があります。これにより、AIソリューションは、既存のデータ記録にプラグインし、トランザクションシステムと組み合わせることができ、行動変更の必要性を減らすことができます。

グラスウィング社の顧客の一社であるZylotech社は、この原則を自己学習型のB2B顧客データプラットフォームに適用しています。同社は、既存のプラットフォームの顧客データを統合し、顧客が他の場所で閲覧したり購入したりしたものに関する独自のデータセットで強化し、顧客のマーケティング、販売、データ、顧客チームに対して、次の最善の行動に関する知的洞察と推奨を提供します。お客様の既存のソフトウェアスイートを直接補完するよう特別に設計されており、導入時の摩擦を最小限に抑えることができます。

もう一つの統合例は、同じくグラスウィングのポートフォリオに含まれる在庫最適化プラットフォームであるVerusenです。市場には大規模なエンタープライズリソースプランニングのプレーヤーが存在するため、このプラットフォームはそうしたシステムとの統合が不可欠でした。既存の在庫データを収集し、ユーザーの行動を大きく変えることなく、異種データの接続方法と将来の在庫ニーズの予測について、AIが生成した推奨事項を提供するものです。

3. AI MVPは、ドメイン知識の証拠を示さなければならない

これは、統合の可能性を示すことに関連します。ソリューションが既存の垂直方向のエコシステムとワークフローにどのように適合するかを理解することは、絶対に重要です。例えば、医療用AIアプリケーション(診断アシスタントなど)でも、単に医師のルーチンにうまく同化しないという理由で、棚で埃をかぶってしまうケースが多くあります。

MVPは特定のビジネスや消費者の問題を解決する必要があるため、チームにはその問題に対するドメイン知識があることが重要です。気象情報センターであるClimaCellは、そのようなプラットフォームの典型的な例です。ClimaCellのチームは、人工衛星、無線信号、飛行機、街頭カメラ、コネクテッドカー、ドローン、その他の電子ソースから情報を引き出し、最大6時間先まで、街路ごとに分単位の天気予報を行っています(6日先まではあまり時間を特定しない予報もあります)。そのオンデマンドの「マイクロ天気予報」は、Uber、Ford、National Grid、フットボールチームNew England Patriotsなどの組織が自らの準備体制を改善し、顧客に対してより良い詳細とサービスを提供するのに役立っています。

4.AI MVPはリリース時点で価値を提供する必要がある

多くのAIアプリケーションは、データの追加により時間の経過とともに改善されます。しかし、AI MVPを開発する際には、その最初の顧客について考え、ゼロデイからどのように価値を提供するかを考えることが重要です。

そのためには、AIプロダクトに供給できるデータセットを構築するために、たとえば顧客データのクリーニングを初期に集中させる、公開データセットで早期にモデルをトレーニングする、信頼性の低い初期の反応を検証するヒューマンインザループ*1のアプローチを採用する、またはルールベースの技術を採用する、などの方法が考えられます。MVPの開発者は、初期の顧客が会社の最大のチャンピオンになることを保証する必要があります。

実用最小限のプロダクトには、実用最小限の性能が必要

もう一つのMVPである「Minimum Viable Performance」についても考慮することが重要です。対象となるタスクがある場合、そのプロダクトが有用であるためには、どの程度の性能が必要なのでしょうか?その答えは、関連するビジネス指標と要求される性能レベルの両方において、その問題に固有のものになります。たとえば、あるアプリケーションでは、ゼロ日目に80%成功すれば、生産性の向上やコスト削減につながる大きな価値を持つかもしれません。しかし、音声認識システムなどでは、ゼロ日目の80%では全く不十分な場合もあります。

目標は基準値を超えることであり、世界を超えることではありません。この違いを理解するためには、良い基準は、単純に "最低限実現可能なAIプロダクトは、どのように現状を改善できるのか?"と問うことかもしれません。大規模なソフトウェア企業でさえ、この問いを立てる必要があるのです。セールスフォース・ドットコムでは、どの顧客やリードがさまざまな営業活動に反応しやすいかを予測する営業性向モデルが、セールスフォースのAIプロダクト「Einstein」で開発された最初のツールの1つでした。このツールは、すべてのデータがすでにSalesforceクラウド上にあり、予測型機械学習モデルは、その情報を利用する営業スタッフにとって身近な技術だったため、容易に追加することができたのです。声をかけるべき顧客のランキングは不完全でも、営業マンの勘に頼ったものよりはマシだろう。

また、AI MVPが「低空飛行の果実」のような業務プロセスをサポートするのも良いアイデアです。Verusenの場合、一般的にアドホックに行われている部品在庫管理に焦点を当てました。このプロセスを構造化し、改善することで、Verusenは初期の顧客それぞれに数百万ドルの節約を示すことができたのです。

どのようなシステムであっても、MVP志向の考え方は重要です。AIも例外ではありません。また、初期の顧客からのフィードバックで改良することも可能です。このような考え方によって、プロダクトや社内アプリケーションは、便利だが基本的な機能から、変革をもたらす提供物へとスムーズに移行することができるのです。

著者について Thomas H. Davenport (@tdav) バブソン大学情報技術・経営学部学長特別教授、オックスフォード大学セードビジネススクール客員教授、MIT Initiative on the Digital Economyフェロー、デロイトのAI・アナリティクスプラクティス上級アドバイザーを務める。また、グラスウィング・ベンチャーズのアドバイザーでもあります。Rudina SeseriはGlasswing Venturesの創設者兼マネージングパートナーで、AIを活用したエンタープライズ・ソフトウェア・アズ・ア・サービス、クラウド、ITソフトウェア、垂直市場に対する投資を主導しています。

*1:訳者注:「AI導入企業が増加の一途を辿る時代においては、人とAIがチームを組み課題解決にあたる新たな動きが広がっています。この、「人とAIを統合したシステム」は、“Human-in-the-Loop (HitL)”と呼ばれ、「人とAIの協調」という新たな領域が認識されはじめています。」― 人とAIを統合したシステム”Human-in-the-Loop” デロイトトーマツ より引用