訳注:平文の太字強調はすべて訳者による。
ゲーミフィケーションとゲームフルデザインの用語については非常に多くの議論がなされており、私は今までその投稿を避けていました。しかしようやく、私にも貢献ができると感じ、この2つの用語を区別し、なぜその違いが重要なのかという議論を紐解く一助になればと思うようになりました。
これら2つの定義については、すでに多くのことが語られていますが、この2つの区別については、まだ合意が得られていないように感じます。しかし、2011年にDeterdingらによって、うまく概念化された区別がすでに提案されているので、彼らの言葉を見てみましょう(p.3)。
「ゲーミフィケーション」は、通常、以上の定義にあるように、ゲームフルデザインと一致します。それはつまり、ゲーム的な体験をデザインするための最も可能性の高い戦略は、ゲームデザインの要素を用いることであり、ゲームデザインの要素を用いることで最も可能性の高い目標は、ゲーム的な体験である、というものです。しかし分析してみると、ゲーム的なデザイン要素を使用する設計戦略(ゲーミフィケーション)と、ゲーム性を追求する設計目標(ゲームフルデザイン)として、異なる内在的性質を通じて同じような現象を拡張するフレームワークだと言えます。
したがって、この2つの概念の違いは、設計者の意図にあると言えるでしょう。しかし、ゲーミフィケーションがネガティブな意味合いを孕むに対し、ゲームフルデザインはよりポジティブであるかのように、その実践を高めようとする考え方が何度も使われました。そのため、ゲーミフィケーションは、例えば短期的な外発的動機づけだけを狙ったものや、同じゲーム要素(ポイント、バッジ、リーダーボードなど)を何度も使うだけのものなど、質の悪いデザインの仕事と結び付けられることが多かったのです。しかし、ゲーミフィケーションとゲームフルデザインの本当の違いは、そういうところにあるのではありません。新しい実践として、ゲーミフィケーションでもゲームフルデザインでも、一部の取り組みが不良品になることは予想されますが、そういったナレッジが蓄積するにつれて、良いプロダクトが増え、粗悪なプロダクトは少なくなると予想されます。とはいえ、確立されたプラクティスや職業であっても、良いプロフェッショナルと悪いプロフェッショナルは必ず存在します。例えば、エンジニアにも良いエンジニアと悪いエンジニアがいますが、悪い仕事をする悪いエンジニアが存在することは、「エンジニア」という名称に疑問を抱かせるものではありません。同様に、教師にも良い教師と悪い教師がいますが、悪い教師がいるからと言って、教えることを「教育」と呼ぶのをやめ、新しい宗派を作るべきとは思いません。したがって、ゲーミフィケーションを使おうとして一部の悪いデザイナーが悪い仕事をしたという事実は、「ゲーミフィケーション」という名称をやめて、ゲームフルデザインやその他の名称を採用すべきだということにはならないのです! ゲーミフィケーションの名称は、そのようなことを意味しているのではないのです。
違いを理解する
Deterding氏らの定義を振り返ると、ゲーミフィケーションは、ユーザーのモチベーションやパフォーマンスを向上させるなど、問題解決のための戦略としてゲーム要素を用いることに重点を置いている場合に使用されると言えます。一方、ゲーム的な体験をユーザーに提供することを重視する場合は、ゲームフルデザインと呼ぶことができます。ゲーム的な体験を生み出すには、実績のあるゲーム要素を使うのが良いのは明らかです。したがって、ゲーム的なデザインは、ゲーム的な体験を生み出すという設計上の意図を通じて、ある時点でゲーム要素を採用する可能性が非常に高いと言えます(ゲームフルネス)。そして、ゲーミフィケーションもまた、ゲーム要素を使用した結果として、ゲーム的な体験をもたらすことになるでしょう。しかし、ゲーム要素を使用したからといって、ゲーム的な体験が保証されるわけではありません。何をもってゲーム的体験とするかについては、まだまだ調査が必要なところですが(「ゲームをする」ということの意味についてのスーツ氏の理解については、前回の投稿が参考になります)、ゲームデザイナーは、ゲーム要素を個別に取り上げることが体験を生み出すのではなく、それらをバランスよく慎重に組み合わせて、ゲーム性を与える適切な目標、手段、ルールをプレイヤーに提供するシステムである、という点には概ね同意があるのではないかと思います。したがって、ゲーミフィケーションが個々のゲーム要素を取り込み、それをモチベーションの醸成に応用する場合、必ずしもゲーム的な体験ができなくても、モチベーションの醸成に成功する可能性があります。ゲーミフィケーションは、必ずしもゲーム的な体験ができなくても目標が達成されれば成功するのに対し、ゲームフルデザインは、ゲーム的な体験ができなければ成功しないという重要な違いがあるのです。
ゲーミフィケーションとゲームフルデザインの違いは、デザイナーの意図にあるので、完成品を見ただけでは区別がつかないかもしれません。ゲーム的な要素を用いてゲーム的な体験を提供するのであれば、どちらの手法でデザインされたものでもよいのです。
ゲーム要素を用いてモチベーションを高めても、ゲーム的な体験が得られない場合、ゲーミフィケーションのアプローチでデザインされた可能性もありますが、ゲーム的なデザインアプローチでデザインしても、最終的に意図したゲーム的な体験が得られない可能性もあります。例えば、以前例に挙げた、Duolingoのようなプロダクトでは、ゲーム要素(ポイント、プログレスバー、目標など)を使用し、ゲーム的体験(必要な手段、すなわち言語を勉強することによって目標を達成するようユーザーに挑戦させること)を提供しているのですが、このような製品では、ゲーム的体験を提供することができません。そのため、ゲーミフィケーションの手法でデザインされたのか、ゲーム性のあるデザイン手法でデザインされたのかは、企画に携わったデザイナーに聞かないとわからないのです。
この違いは、本当に問題なのか?
ユーザーからすれば、「そんなことはどうでもいい!」と思うかもしれません。ユーザーにとっては、自身の目的を達成するためのプロダクトであれば、どのようなデザインアプローチで作られたかは関係ないのです。とは言っても、デザイナーにとっては、これはやはり重要なことなのです。ゲーミフィケーションとゲームフルデザインの実践は成熟し始めているため、現時点では、短いリストからゲームの要素を選ぶだけの単純な方法を捨てて、明確なゴールとそのゴールを達成するための実証済みの手順を持つ、より包括的な方法を選ぶ必要があるのです。ゲーミフィケーションとゲームフルデザインの手法は、ゲーム要素を用いて問題を解決することに重点を置くか、ゲーム的な体験を思い描いてそれを実現する手段を模索するか、最初の目標や意図が異なる場合があるので、この違いを理解することが非常に重要になってくるのです。
現在のところ、既存のデザイン手法を見て、ゲーミフィケーションかゲームフルデザインかを分類しようとすると、誰もこの問題について体系的な研究をしたことがないので、非常に主観的な作業になります。しかし、あえて私がよく知っている方法を分類してみると、例えば周瑜伽氏のオクタリシス・フレームワークはゲーミフィケーションのグループに入るでしょう。その理由は、ゲーム要素を用いて、モチベーションを促進させるという目的を達成することに重きを置いているからです。したがって、ゲーム的な体験の創出は二次的な目標であり、オクタリシスは必ずしもゲーム的な体験を創出しなくても、モチベーションを向上させることに大きな成功を収めることができるのです。瑜伽氏がそれを「ヒューマン・フォーカス・デザイン」と呼ぶことを好んでいるのも、ゲーム的な体験がこのメソッドの中心にないことを示唆するものです。一方、セバスチャン・デターディング氏の「内在的スキル原子レンズ」とジェーン・マクゴニガル氏の「スーパーベター」は、ゲーム的デザイン手法のグループに入ると考えています。理由は明白で、これらのメソッドは、意図されたゲーム的な経験を思い描き、その経験を得るための戦略としてゲーム要素や動機付けレンズを使用することに重点を置いているからです。私は、異なるアプローチのを組み合わせてバランスをとる手法も可能だと考えており、アンドレイ・マルジェフスキーの「内在的動機づけRAMP」と「16のユーザータイプ」もこのグループに入れたいと思います。これはモチベーションに焦点を当てたものですが、ゲーム的な体験やゲーム要素の使用についてもバランスよく配慮しています。これらはほんの一例で、もちろん他にも多くのデザイン手法がありますが、この記事ではデザイン手法の分類法を提供するつもりはありません(将来的にはそうするかもしれません)。しかし、特定のデザイン手法がこの分類のどこに当てはまるかについての私の意見を知りたい場合は、コメントで教えてください!(笑)。
ここで重要なのは、私が上で例として挙げた手法はすべて、非常に良い結果を導き出すことができる素晴らしい手法であるということです。これは、ゲーミフィケーションとゲームフルデザインの違いを生むのは、用いる手法やプロダクトの質ではなく、設計意図やアプローチであるという私の主張を補強するものです。品質については、ゲーミフィケーションやゲームフルデザインの手法には、良いものも悪いものもあります。したがって、今後、悪いデザインを見かけたら、その問題をゲーミフィケーションやゲームフルデザイン、あるいはその他のデザイン手法の固有の欠陥に帰するのはやめて、どんな職業でも起こりうるように、ただ実行した仕事が雑だっただけなのかまで考えるようにしましょう。
まとめると、ゲーミフィケーションとゲームフルデザインの違いを、デザインの意図やアプローチとして理解することは、新しいデザイン手法を研究、使用、開発する際に重要であり、何を伝えようとしているのかを深く理解する必要があると私は言いたいです。異なるアプローチのデザイン手法を比較する場合、一見似ているようでも、異なる目的を持っている可能性があるため、注意が必要です。どの手法を選択するかは、その違いを理解した上で、慎重に検討する必要があります。どの方法が良いということはありません。それぞれの状況に応じて最適な方法を選択することは、プロジェクトの目標や設計者の専門知識・能力など、多くの要因によって決まります。
最後に、新しい手法を開発する際には、これらの違いを認識した上で、何を意図し、どのような解決策を提案するのかを明確にした上で進める必要があるのではないでしょうか。