より良いプロダクトやサービスは、人を理解することから始まる。
人々が達成しようとしていることを理解することは、確固たるデザインプロセスを構築する上で重要な部分です。メンタルモデルダイアグラムは、人々の体験を深く、かつ拡張性のある方法でマップすることができるため、これを実現するための強力な方法です。
連載記事の第一回目では、メンタルモデルダイアグラムの紹介と、その背後にある理論について、そして私たちが考える主な利点について説明します。
メンタルモデルダイアグラムの作り方については、実践編をご覧ください*1。
私が属するSEEKでは、成熟したデザインプラクティスを持ち、多くのリサーチを行っています。最近、私たちは「連続的な発見」プロセスを導入し、より頻繁にリサーチを行い、より多くのチームが参加するようになりました。リサーチチームは、このような変化に対応するために素晴らしい仕事をしてくれました。探索的、生成的、評価的といったさまざまなタイプのリサーチについて社内を啓蒙し、プロセスを改善し、全体的な質を高めるための基準を提唱してきました。
しかし、私たちはまだいくつかの課題に直面しています。
- 多くのリサーチインサイトがあることは素晴らしいことですが、その分複雑さも増しています。インサイトを一元管理されたリポジトリに保存していても、それらがどのように組み合わされて明確なストーリーになるのか、必ずしも容易に理解できるわけではありません。これは、構造化されたうえでチームにとってわかりやすい方法で、既存のものに学習内容を追加することが難しいためです。
- 私たちは今、オーストラリア、アジア、そして将来的には他の地域でも共有されるプロダクトを扱っています。つまり、地域やチャネル、あるいはその両方に基づいて、ソリューションを適合させる必要があるかもしれません。このことは、今度は異なるマーケットから、さらに多くのインサイトを得ることにもつながります。これらのインサイトをまとめ、潜在的な類似点や相違点を特定することが非常に重要です。
- 過去に、私たちのチームはカスタマージャーニーマップを通じてエクスペリエンスをマッピングしたことがあります。しかし、このような方法では、ニーズや人々が直面する問題についての深堀りができない傾向がありました。また、新たな情報を追加して拡張することも困難でした。
これらの課題を解決するために、私たちはさまざまなアプローチを検討しました。しかし、その中でもメンタルモデルダイアグラムが特に有効であることがわかりました。では、メンタルモデルダイアグラムとは一体何なのか、なぜ有用なのか、そしてどのように機能するのかについて見ていきたいと思います。
メンタルモデルとは
この記事で紹介するモデルやダイアグラムの多くは、インディ・ヤングの著作に基づいています。しかし、「メンタルモデル」という言葉には長い歴史があります。
1943年にイギリスの心理学者Kenneth Craikは、「私たちは心的表現によって世界と物事の仕組みを理解する」という考えを発表しました。人は、結論に達し、結果を予測するために、これらの内部表現、すなわちメンタルモデルに絶えずアクセスし、更新しているというのです。
メンタルモデルは、人々がどのように推論し、感じ、どのような態度や信念を持っているかを理解するのに役立ちます。その結果、人々が何を達成しようとしているのか、つまり、人々の行動の背後にある意図をよりよく理解することができるようになるのです。
人がどのようにメンタルモデルを構築するかは、過去の経験、知識のレベル、文化的参照など、いくつかの要因に基づいています。例えば、スマートフォンの仕組みを理解している人と、スマートフォンの修理を生業としている人とでは、理解度が異なるかもしれません。
メンタルモデルが有用な理由
ヒューマンコンピュータインタラクションやインタラクションデザインでは、メンタルモデルという概念がよく語られます。しかし、その議論は、プロダクトやサービスをどのようにデザインするかということになりがちです。例えば、新しいATMのインターフェースを作りたい場合、人々がATMについてどのように考えているのか、それが人々の期待や行動に影響を与える可能性があることを考えることがあります。そして、最終的なプロダクトを最適化するために、ソリューションを検討するのです。
しかし、私たちは、ソリューションの外側にメンタルモデルを構築し、問題空間(problem space)の理解に役立てることができます。ここで言う問題空間とは、人々がどのように推論し、信念や感情を表現しているかを捉える場所であり、プロダクトやサービスをどのように理解しているかという観点ではなく、人々の意図や動機の観点で捉えることができます。例えば、外出先で銀行口座にアクセスするためにATMを利用する場合、人々は何を達成したいのか、何を考えているのかを理解することができます。
つまり、メンタルモデルで人をより深く理解するのです。メンタルモデルをソリューションから切り離すことで、複雑さを解消し、あまりにも一般的な罪 ― プロダクトやサービスに焦点を当て、人々がソリューションをそれ自体ではなく、特定の目的への手段として使用していることを認識しないこと ― を避けることができます。
メンタルモデルダイアグラムの構造
メンタルモデルダイアグラムは、特定のルールとプロセスに従ったフレームワークの周りに構築される成果物です。一般に、メンタルモデルダイアグラムの構造は2つの部分に分けられます。
- 問題空間 - メンタルモデルダイアグラムの一番上の部分で表現されます。ここでは、人々が目標に向かってどのように行動し、考え、感じているのか、そのメンタルモデルを把握します。この情報は、さまざまな粒度でとらえられます。
- ソリューション空間 - ダイアグラムの下部では、あるソリューションとその競合プロダクトが、人々が問題空間の中で成し遂げたいことにどのように合致しているかを確認します。この情報をどのように表示するかについては、かなり柔軟に対応することができ、さまざまな方法で情報をスタイル付けすることができます。例えば、特定のニーズをサポートするために、ソリューションがどの程度機能しているかを色分けして評価します。
メンタルモデルダイアグラムは、経験を構造化するユニークな方法を提供します。例えば、カスタマージャーニーマップは、ソリューションを中心に展開されます。その焦点は、「顧客が "ジョブ"を完了するために取るかもしれない無数の可能性と道筋を理解する」ことにあります。
一方、メンタルモデルダイアグラムは、特定の組織から独立した存在としての個人について、より広く、より深く理解することができます。その焦点と深さは、主に、問題空間で何が起こっているかを詳細に説明することから生まれます。
1.問題空間 ― どのように構成するか
メンタルモデルダイアグラムでは、半構造化または非構造化インタビューを用いた定性調査により、問題空間を構築します。私たちは、人々が使用する言語にできるだけ近いデータを取得し、ボトムアップ・アプローチでそれを分析し、統合していきます。その結果、3段階の階層構造で整理された、地に足の着いた一連のインサイトが生まれます。
- タスク/ボックスレベル ― 人々の言葉を聞きながら、具体的な目標や感情を特定するために逐語録を作成します。これらのタスクやボックスは、問題空間の基本的な構成要素であり、階層の一番下に配置されます。
- タワーレベル ― 一連のタスクがどのように組み合わされるかをアフィニティーマッピングで特定すると、それらをタワーにクラスタリングします。タワーとは、より具体的な行動や感情的な反応を引き起こすものを、より高い抽象度で説明する一連のタスクのことです。
- メンタル空間レベル ― 階層の最上位には、メンタル空間があります。ここでもタワーをグループ化することで、人を動かしている「なぜ」に近い、より高いレベルの目標を特定するのです。メンタル空間は階層の最上位に位置し、より抽象的な層です。
下記の図2は、人々がどのように仕事を通じて生活を向上させるかについて検討したダイアグラムの抜粋です。最上位には、「この仕事が自分に合っているかどうかを理解する」という広い意図を定義するメンタル空間があります。そのメンタル空間の中に、「勤務地が適切かどうかを確認する」というような、より具体的な目標やタワーがあります。最後に、これらのタワーの中に、「通勤にかかる時間を把握する」のような、より細かい目標や反応を表すタスク/ボックスがあります。
しかし、なぜダイアグラムはこのように構成されるのでしょうか、そしてそれは良いアイデアなのでしょうか。私たちは、階層を使うことが問題空間の構造化に有効である理由を、3つ考えています。
- 確立されたこの理論において、目標は階層的であり、具体的なものから願望的で抽象的なものまで、連続体に沿って定義できるという概念をサポートしています。これを見る一つの方法は、動機づけられた行動を定義するような、「なぜ」「何を」「誰が」というレンズを通して見ることです。ラダリング*2などのテクニックを使って、具体的なものがなぜ自分にとって役に立つのか(例えば、なぜ仕事を続けることが重要なのか)を説明してもらうことで、このことを実際に見ることができます。
- 階層化により、新しいインサイトを容易に追加することができます。また、より高いレベルの目標は、時間の経過とともに安定する傾向があります。ある領域について知れば知るほど、その上に構築することが容易になります。ボトムアップのアプローチからトップダウンのアプローチに移行し、新しい情報を追加することは、大きなパズルのどこに証拠の断片が収まっているかを見ることに似ています。さらに、人間は何千年もの間、世界を経験する方法の一部として階層という概念と手軽に結びついてきました。。
- 階層化を使えば、基本的な構造を変えることなく、新しい分析レイヤーを追加することができます。例えば、タスク/ボックスの階層でデータから得られる情報を分析し、この階層で共通する人々のグループ(例えば、顧客セグメント/ペルソナ)を特定することができます。階層構造であれば、このレベルの上や下を変更することなく、この作業を行うことができます。
しかし、階層を使うのはメリットばかりではありません。大きな課題は、階層を構築する方法について明確な道筋がないこと、また階層の粒度や抽象度について単一の正しい答えがないことです。一般的には、広すぎたり狭すぎたりすることは避けたいものです。つまり、バランスをとることが重要なのです。Image by Tiago Camacho
階層を作るには練習が必要ですが、一度しっかりとした階層を作れば、それが今後のリサーチの基礎になります。これにより、より洗練されたモデルを構築することができ、既存のインサイトを捨てたりやり直したりする必要がなくなります。
しかし、実際のところ、このダイアグラムはどの程度柔軟性があるのでしょうか。例えば、SEEKでは常にリサーチセッションを実施しています。ほぼ毎週、新しい知識を得ています。このリサーチのすべてが問題空間の鍵となるわけではありませんが(例:ユーザビリティテスト)、最終的には使える「良いもの」をたくさん得ることができています。
より複雑なモデルの構築
人々の経験を把握するために使えるアプローチは、メンタルモデルダイアグラムだけではありません。これまで述べてきたように、カスタマージャーニーマップは、人々がどのように組織と関わっているかを示す素晴らしい方法です。しかし、カスタマージャーニーマップは、生データを大量に合成して作成されるため、静的なものになりがちです。そのため、構造を変えずに新しいインサイトを盛り込むことは困難です。
私たちの経験では、柔軟性と拡張性が必要な場合は、メンタルモデルダイアグラムが適しています。メンタルモデルダイアグラムが、既存のインサイトに基づくだけでなく、異なるストーリーを伝えるための強力な方法であると確信しているのです。
下記の図4では、モデルの上にさまざまな情報を重ねることで、どのようにストーリーを伝えることができるのか、いくつかの例を示しています。例えば、ソリューション空間では、ソリューションが問題空間の何かにマッピングされるかどうか、そして、それがどのように機能するかどうかを識別できます(例えば、強い/弱いソリューションを色分けします)。
問題空間では、人々が異なる、あるいは収束するさまざまなタイプのセグメントを識別することができます。例えば、より多くの求人情報を見たいという人もいれば、より少ない求人情報、よりターゲットを絞った求人情報を見たいという人もいることがわかります。後者の場合、適切なレベルのコントロールを提供することが重要です。
また、メンタルモデルダイアグラムのインサイトは、他の定量志向のフレームワークと接続することでさらに信頼性を高めることができます。
例えば、ジョブ理論は、ニーズを定量化する方法としてますます一般的になってきています。ジョブ理論 の前提は、人々は「ジョブ」(すなわち目標)を成し遂げるためにプロダクトやサービスを「雇う」ことです。ジョブ理論に固有のアプローチである成果駆動型イノベーションは、メンタルモデルダイアグラムによるマッピングに適しています。これは、「ジョブ」が暗黙のうちに階層構造として整理されているため、2つのフレームワークを横断して作業することが容易になるからです。
例えば、SEEKでは、ジョブ理論の調査から得られたインサイトをメンタルモデルダイアグラムに重ねるプロセスを進めています。そうすることで、さまざまな「ジョブ」や、その関連性、そしてどのようなセグメントが出現しているのかを定量的に把握することができるようになります。メンタルモデルダイアグラムは、これらの結果を、すでにある構造を使って視覚的に表現することができます。その結果、組織内で効果的かつ強力なコミュニケーションをとることができるようになります。
メンタルモデルダイアグラムがもたらすチャンスは非常に多く、私たちができることはまだまだたくさんあります。現在、私たちはメンタルモデルダイアグラムと狩野モデル*3をどのように結びつけられるかを検討しています。これは、ソリューションをより客観的に評価する方法として、このメソッドを活用することを目的としています。
まとめ
私たちが考えるメンタルモデルダイアグラムが組織にもたらす価値について、少しは明らかにできたのではないでしょうか。
メンタルモデルダイアグラムを作成するとき、私たちは、人々が興味のある領域を通してどのように理解し、推論し、感じているかをマッピングしています。メンタルモデルがどのように使われがちかとは逆に、メンタルモデルダイアグラムは主に問題空間に焦点を当てます。つまり、人々がプロダクトやサービスをどのように理解しているかではなく、人々が何を成し遂げようとしているか、どのような経験をしているかに関心があるのです。
メンタルモデルは、階層構造を用いて一から構築されます。この形式は、明確な方法論を用いてインサイトを統合するのに役立ちます。また、基礎的な構造や意味を変えることなく、すでに持っている知識の上に構築することができます。
メンタルモデルダイアグラムの大きな利点は、時間をかけてより複雑なモデルを構築するための優れた基盤になることです。情報を重ねることで、インサイトに関するさまざまなストーリーを伝えることができ、それらを視覚的かつ強力に伝達することができるのです。最後に、メンタルモデルダイアグラムは、ジョブ理論に基づくフレームワークなど、他のフレームワークと連携し、補完することができることをほのめかしました。
次回は、SEEKでメンタルモデルダイアグラムをどのように構築したかについて、もう少し掘り下げて説明します。いくつかの例を挙げ、何がうまくいき、何がうまくいかなかったのかを共有します。また、データの分析やモデルの構築において、異なるチームや背景を持つ人々をどのように集め、協力させたかも紹介します。
お読みいただきありがとうございました。この記事が気に入ったら、組織内でメンタルモデルダイアグラムを構築する方法についてのフォローアップ記事もご覧ください*4。
謝辞
私たちは、Caylie Panuccio, Mimi Turner, Pete Collinsに感謝します。 本論文の校閲と改善にご協力いただきました。
参考文献
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Young, I. and Mangalam, K. (2017). Launching problem space research in the frenzy of software production. interactions, 25(1):66–69.
「体験とデザイン、スタートアップについて」の更新情報は、ぜひこちらのアカウント(@hrism2)をフォローしてください!
— いしまるはるき (@hrism2) 2022年5月30日
*1:訳者注:後日こちらも翻訳予定。
*2:訳者注:「ラダリング法は、対象の価値構造を掘り下げていくことで、無意識で行っている思考や行動の価値を明らかにする手法である。」― ラダリング法 | UX TIMES
*3:訳者注:「狩野モデルは、東京理科大学名誉教授の狩野紀昭教授によって1980年代に開発されました。このモデルは、競合と差別化する属性(魅力品質)と、顧客満足に不可欠な属性(当たり前品質)を区別する優先順位付けの方法です。」―狩野モデル | UX TIMES
*4:訳者注:後日こちらも翻訳予定。