【論考】Tiktokは宇宙船じゃない!? Tiktokと「ヤコブの法則」を巡る混乱について

※こちらの記事はUX Collectiveに投稿した「Tiktok is not a spaceship : On the confusion over Tiktok and Jacob’s Law | by Haruki Ishimaru | Medium」の元になった日本語版を再編集したものです。

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はじめに

Did TikTok just make Jakob's Law obsolete?」(訳題:「TikTokはヤコブの法則を陳腐化させてしまったのか?」)という記事が先日公開され、我々の界隈で少し話題になりました。

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この記事において、かの広く知られた「ヤコブの法則」は、その法則がはじめて提唱されたインターネット初期(2000年頃)こそ妥当であったものの、その後TikTokInstagramといった「そこで全てが完結できる」ソーシャルネットワークの登場を通じて、最終的に「陳腐化した」と述べられています。

つまり、この記事の筆者は、変異種であるTikTokInstagramのユーザーはそこから出てこないので、もはやヤコブの法則に妥当性は期待できなくなった、と主張したいのではないかと思います。

この論考は非常に刺激的で考えさせられるものではありますが、しかしヤコブの法則が伝えたいポイントから多少なりともズレているように私は思いました。この記事ではその「ズレ」を解き明かすと共に、なぜそのような混乱が生じているのかについても、頑張って触れてみたいと考えています。

ヤコブの法則」を振り返る

それでは、改めて「ヤコブの法則」について見てみましょう。何事も前提に対する理解のすり合わせが大事ですからね。それでは僕らの巨匠であるJakob Nielsen先生直筆の記事よりこの法則の定義を引用してみましょう。

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1. インターネットユーザーエクスペリエンスに関するヤコブの法則

ユーザーは、ほとんどの時間を 他のサイト で過ごしています。つまり、ユーザーはあなたのサイトが、彼らがすでに知っている他のすべてのサイトと同じように機能することを好むのです。(2分間のJakobの法則を説明するビデオを見る))

この法則は、数年前からウェブを支配しているため、将来のトレンドですらありません。ウェブサイトは、デザインが標準化されているほど、より多くのビジネスを行うことができるというのは、長い間、事実であり続けたのです。ヤフーとアマゾンを考えてみてください。ショッピング・カートや小さなアイコン、青いテキストリンクのことを考えてみて下さい。

ここから察するに、今日のこのTiktokInstagramへの急旋回は、この引用中の「他のサイト」がTiktokInstagramになっただけ、という話なのではないかと思います。

そして、そう考えると、我々が他のサイトでの体験をデザインする際に、参照すべきモデルがTiktokInstagramに変わりつつある、というシンプルな指針に落ち着くような気がします。

ですが、この結論にはそもそも少し不思議な前提が含まれています。ヤコブの法則がすでに無効だったからこそ、TiktokInstagramのような、「突飛なUIおよびUX」が奏功しているのではないだろうか?、という疑問がそれに当たります。

突飛なUI・UXの成功をヤコブの法則はどう説明するのか?

それでは改めて先ほどのニールセンの記事に戻りましょう。

いま思えば、そもそも「Webデザイン終了のお知らせ」だなんていう、この煽りすぎなタイトルがすべての元凶な気がしてきました。その最後に、「Webデザインに残されたもの」という章があります。引用してみましょう。

Webデザインに残されたもの

Webサイトの類似性が高まり、外観デザインが簡素化されても、個々のサイトの使い勝手を最適化するために、多くのデザイン上の判断が必要です。

最も重要なことは、各インターネットサービスは、特定のユーザーとそのニーズのタスク分析に基づいている必要があるということです。標準化されたユーザーインターフェースの要素を多くの方法で組み合わせることができ、より良いサイトはユーザーが問題に取り組みたい方法をサポートすることができます。

例えば、検索を常に「サーチ」と呼び、簡易検索と詳細検索を常に同じように区別していたとしても、特定のサイトにおいて詳細検索が意味を持つかどうかという疑問は残ります。

コンテンツデザイン 商品説明はそれぞれ違います。意見文もそれぞれ違います。それぞれの情報の単位で、最適な記述方法を見極める必要が常にあります。

すべての段落が非常に示唆的です。

まず、最初とその次の段落では、ヤコブの法則が妥当だったとしても、ユーザビリティの最適化のために、ウェブのインターフェイスは少しずつ進化していくことが述べられています。確かに、そうでなければ、我々は未だにテキストとハイパーリンクだけのWeb1.0のUIの世界に生きていることになるでしょう。

つまり、優れたデザインのサイトが、陳腐な旧世代のデザインのサイトから「ユーザーの時間を奪い」、やがてそれがスタンダードとなり模倣されて、Web全体が進化していく、といったストーリーまでヤコブの法則は包含しているように感じます。

そして最後の段落では、昨今話題のUGCを始めとした「コンテンツが主役の体験」の時代の到来を軽く匂わせるような一文になっています。TiktokにせよInstagramにせよ、ユーザーが生成するコンテンツの価値を最大化することによって今日の成功を収めているのは否定しがたい事実であり、ヤコブの法則はそれを否定してはいないのです。

補記:そもそもTiktokだって他のサイトのUIから学んでいる

Tiktokスクリーンショット(2022年5月13日撮影)。

Tiktokにおいても、すべてのUIが突飛で彼ら独自のものではありません。よくあるフッターナビゲーションがあり、それはAppleのUITabBarガイドライン同様、アイテムの個数は5つ以内に収まっています。

また、至るところに散りばめられたアイコンとラベルの対応関係も、我々にとって非常になじみのあるものです。宇宙人のアイコン👽を押すとロケット🚀を打ち上げるなど、斬新なアイコンとラベルはもちろんどこにもないのです。

Following / For Youというタイムラインの概念も特に抵抗感がなく受け入れられるもので、おそらく我々が他のサービスで学習済みのUIだと考えて間違いないでしょう。

結論

TiktokInstagramのようなサービスは、たしかに、過去の法則の通じない突飛な「変異点」のように映るかもしれませんが、よく見るとヤコブの法則から逸脱するものではありません。彼らはむしろ、他のサービスから借用してきたアイデアを、ユーザーの動きに着目して磨き上げて現状に至っているだけでしょう。

また、そうやって作り上げられた体験は圧倒的な競争力を持ち、ユーザーの時間を独占するような状況にまで至りました。これに際して、ヤコブの法則に照らし合わせるなら、我々サービスデザイナーが参照すべきなのが、TiktokInstagramのような「流れるようなサイト」となったということです。これらはそのポジションを旧来のテキストメインのサイトから奪ったに過ぎないのです。